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仙台高等裁判所秋田支部 平成4年(ネ)4号 判決 1992年8月31日

控訴人

眞坂昇一

右訴訟代理人弁護士

白澤恒一

被控訴人

鳥海町農業協同組合

右代表者理事

鈴木元藏

右訴訟代理人弁護士

伊藤彦造

主文

一  本件控訴を棄却する。

二  控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  控訴の趣旨

1  原判決を取り消す。

2  (主位的請求)

被控訴人は控訴人に対し、一九〇〇万円及びこれに対する昭和六三年三月二四日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

3  (予備的請求)

被控訴人は控訴人に対し、一〇〇九万〇七三〇円及びこれに対する昭和六三年三月二四日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

4  訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。

5  仮執行宣言

二  控訴の趣旨に対する答弁

主文同旨

第二  当事者の主張

当事者双方の主張は、次のとおり改めるほかは原判決事実摘示のとおりであるから、これを引用する。

一  原判決三枚目表三行目「(後記」から四行目「ならない。)」までを削除し、同四枚目表五行目「になる」の次に「(右1の火災共済契約等には、左記(ウ)、(エ)の各給付金項目は存在しないから、右各給付金は按分計算の対象とならない。)」を挿入する。

二  同六枚目表二行目「即わち」を「即ち」と訂正する。

三  同七枚目表末行「被告は」の次に「控訴人に対し」を挿入し、同行「の本」から同枚目裏一行目「原告に対し」までを「到達の原審における答弁書をもって」と改め、一〇行目「被告は」の次に、「控訴人に対し」を挿入し、同行目「の本件口頭弁論期日において」を「到達の原審における被控訴人の準備書面(一)をもって」と改める。

四  同七枚目裏二行目の後に改行して次の字句を加える。

「(3) 本件は、典型的なモラル・リスクの事案である。即ち、①後記のとおり、昭和六〇年一一月、控訴人の長男眞坂兵榮(以下「兵榮」という。)名義の新築家屋が完成しており、その建坪からして優に控訴人ら夫婦も右家屋に同居できるはずである。現に、控訴人は、同年一二月一六日、右家屋所在地番に住民票を移動させ、右新築のころから、本件家屋の電力使用量及び電話使用料も極端に減少し、本件家屋内のめぼしい動産類は右新築家屋に搬出されて本件家屋は物置同然になっていたことからして、控訴人ら夫婦が右新築家屋に転居したことは明らかである。しかるに、控訴人は、本訴においても、本件火災当時、本件家屋に居住していたと強弁し、しかも、右新築家屋に移転せずに敢えて本件家屋に残った理由、住民票を移動した理由についての説明をなし得ていない。②本件火災直後に兵榮が消防署に提出した火災被害届では、被災動産の時価額はわずか一二万円余にすぎないのに、本訴において控訴人が提出した「罹災動産目録」記載の金額は五八〇万円余にもなっている。③右新築家屋には、兵榮が被控訴人との間で共済金額一〇〇〇万円の建物更生共済契約を締結しているにすぎないが、控訴人は、老朽化した本件建物に前記のとおり、異常ともいうべき複数かつ多額の共済契約をしている。④本件火災については、控訴人が火災に気付いたという時点が遅すぎること、控訴人の供述による出火時刻と消防署への通報時刻に隔たりがありすぎること、控訴人の供述する出火直後の行動に不可解な点があること、控訴人の供述する出火原因は不自然であること、本件家屋の燃焼状況が異常であること、本件家屋内には本件火災当時灯油等の可燃物が存したこと等の不審なところがある。⑤控訴人は、被控訴人に対する関係だけでも約一二七四万円の借財があった。⑥控訴人及び兵榮は、警察の取り調べに対し、当初本件家屋に対する共済契約等は本件共済契約だけであり、借財は一切ない旨供述していたが、その後の警察の捜査で全逓共済生協との火災共済契約の存在が判明し、捜査官からの追及を受けて他の共済契約等及び多額の負債の存在を認めるに至ったこと等不自然、不可解な事実が多数存する。

以上の事情からすれば、仮に、重複する共済契約等の告知義務違反を理由とする契約解除に他の何らかの要件が必要としても、被控訴人のした右(2)の解除は有効である。」

五  同八枚目裏一〇行目「従って」を削除し、同行目「は、」を「が右(一)のとおり」と改め、末行「ものであり」を「時期が本件共済契約締結後だとすると」と改める。

六  同九枚目裏二行目の後に改行して次の字句を加える。

「4 損害の填補

前記二、2、(三)記載のとおり、共済価額を超える火災金額についての共済契約は無効であり、本件において、共済価額は計四一〇万八五三七円にすぎないところ、控訴人は、既に全逓共済生協から二八〇〇万円、郵政弘済救済から一六〇〇万円の共済金等の支払を受けているから、被控訴人に共済金の支払義務はない。」

七  同九枚目裏三行目「4」を「5」に改める。

八  同一〇枚目表七行目「認め、」を「認めるが、控訴人は、右の約定について認識していないから、右約定は本件共済契約の内容となっていない。また、右約定に基づく解除には遡及効がないから、被控訴人が本件火災発生後に本件共済契約を解除しても、既に発生した共済金等請求権は消滅しない。」と改め、八行目「否認する。」の次に「(3)は争う。」を加える。

九  同一一枚目表六行目の次に行を改めて「4 同4のうち、控訴人が全逓共済生協及び郵政弘済救済から被控訴人主張の金額の共済金等の支払を受けたことは認めるが、その余は争う。」を加え、七行目「4 同4」を「5 同5」に改める。

一〇  同一二枚目裏五行目「(一) (一)」の後に「のうち、本件共済契約の約款に控訴人主張のような条項があること」を加える。

第三  証拠<省略>

理由

一請求原因1(本件共済契約の締結)及び同2(本件火災の発生)の各事実は、当事者間に争いがない。

二抗弁1、(一)、(二)(告知義務違反による解除原因の存在)について判断する。

1  <書証番号略>、原審証人池田忠栄の証言及び弁論の全趣旨によれば、本件共済契約には、普通契約約款である被控訴人の建物更生共済約款(<書証番号略>以下「本件約款」という。)が適用されること、本件約款四五条一項本文に「共済契約の申込みの当時、共済契約者が、共済契約申込書の記載事項で組合の危険の測定に関係のある事項について故意または重大な過失によって重要な事実を告げなかったときまたはその事項について事実でないことを告げたときは、組合は、将来に向かって、共済契約を解除することができます。」と、また、同条二項に「共済契約者が、共済契約の申込みの当時、火災等または自然災害による損害をてん補する他の共済契約または保険契約の有無に関する事項について、組合に事実を告げず、または事実でないことを告げた場合も、前項と同様とします。」との条項があること、本件共済契約における動産特約共済金額は、本件約款の特約であり、建物更生共済の目的である建物内の家財等の動産を目的とする動産損害担保特約(<書証番号略>)に基づき支払われるものであるが、右特約一二条三項は、主契約が解除された場合はこの特約も解除される旨定めていることが認められる。

なお、控訴人は、本件共済契約締結時に控訴人は右の各条項について認識していなかったから、右条項は本件共済契約の内容をなすものではない旨主張する。原審証人池田忠栄の証言及び原審における控訴人本人尋問の結果(第一、二回)によれば、控訴人が、被控訴人の直根支所を訪れて本件共済契約の申込みをした際、本件約款を見せられてその内容について詳細な説明を受けてはいないことが窺われるが、<書証番号略>及び弁論の全趣旨によれば、控訴人が本件共済契約成立後間もなく送付を受けた右契約にかかる「建物更生共済証書」(<書証番号略>)には、右契約に本件約款が適用される旨の記載があることが認められ、右事実に<書証番号略>により本件約款の前文に「本件約款を共済証書とともに大切に保存、利用して下さい。」との趣旨の記載があることが認められることも併せ考慮すると、本件約款は、右共済証書とともに控訴人に送付されたものと推認するのが相当であり、これに反し、平成元年八月ころ、初めて本件約款を見たとする原審における控訴人の供述(第一、二回)は不自然であり、採用できない。

してみると、附合契約の性質を有すると解すべき本件共済契約にあっては、控訴人が現実に本件約款の各条項の内容を認識したか否かにかかわらず、右約款はその内容が著しく不合理でない限り(右各条項は後記のとおり制限的に解すべきであり、その限りにおいて著しく不合理なものとはいえない。)右契約の内容をなすものと解するのが相当である。

ところで、農業協同組合の行う共済事業(農業協同組合法一〇条一項八号、一〇条の二)のうち損害の填補を目的とする共済は、その実質的性格が保険事業であると解されるところ、本件約款四五条二項、一項は、右のような共済事業の実質に鑑み設けられたものである。即ち、共済契約と同一の目的について、共済金又は保険金の具体的請求権(支払義務)の発生原因となる火災又は自然災害等の事故(以下「共済事故等」という。)、被共済利益又は被保険利益及び共済期間又は保険期間を共通にする他の共済契約又は保険契約(以下「重複共済等」という。)が併存することになると、共済事故等招致の一般的危険性が高まるし、また、共済事故等を奇貨とする過大な共済金請求を誘発する危険性もある。もっとも本件約款にはこれらの事態に備えて、共済契約者又は被共済者等の故意又は重過失により共済事故等が発生した場合は共済金を支払わない旨のいわゆる故意免責約款があり(二一条)、重複共済等が存在する場合共済契約者の利得を防止するための共済金の分担方法の定めがある(二〇条)けれども、被控訴人が共済契約者又は被共済者等の事故招致等を証明することは実際上困難が伴うし、共済契約者が重複共済等の存在を秘匿すれば、結果として過大な共済金が支払われる虞れもあるので、右条項のみでは十分とはいえない。そこで、共済契約者に重複共済等の存在についての情報を予め告知させて被控訴人が共済契約を締結するか否か、契約を締結するとした場合における共済契約の内容を決定するに当たっての判断資料を与えるとともに、共済契約者の右告知義務の履行を確実ならしめ、これに併せて右告知義務が履行されずに共済契約が締結されて共済事故等が発生した場合における被控訴人の右の証明の困難性を救済するため、これに違反した場合、解除の効果を伴う告知義務を共済契約者に課することにしたものであり、これが本件約款四五条二項、一項の設けられた所以であり、その趣旨と解される。しかして、右約款の趣旨が右の如きものであるとすれば、共済契約解除の原因となる告知義務違反は、重複共済等が併存する場合直ちに成立するものではなく、前記の道徳的危険がある程度具体性あるものと認められる場合に成立するものとすべきである(一応すべての重複共済等について共済契約者に告知を要求するのは共済契約の技術的制約から肯認できるとしても、重複共済等があっても当該共済契約及び他の重複共済等の共済金額又は保険金額の合計が被共済価額の評価額を超過しない場合や超過するときでも、その超過の度合いが過大なものではない場合には、予測される道徳的危険は希薄なものに留まり、具体性を持たないものと考えられるから、かような場合まで、重複共済等の告知義務違反を理由として共済契約の解除という不利益を共済契約者に課すのは相当とは認められないであろう。)。

そうすると、共済契約者が重複共済等を告知しなかった場合、右告知義務に違反するものとして本件約款四五条二項、一項により共済契約の解除がされ得るのは、① 共済契約者が重複共済等の存在を知り、かつそれが告知事項であることを認識していたか又は重大な過失により告知事項であることを認識しなかった場合であって、② 共済の目的と共済金額との均衡等当該共済契約の内容、右契約締結の経緯、重複共済等の内容とその締結に至る経緯等の諸般の事情から不正利得目的又は保険事故招致等の道徳的危険の存在が単なる漠然たる不安の程度を越えてある程度具体的に推認される場合に限られるものと解するのが相当であり(前記のとおり、右条項は、故意免責約款上被控訴人に課せられる証明の困難性を救済する趣旨も含まれるから、被控訴人が、共済契約者等の不正目的等の事実を具体的に証明する必要まではない。)、右は、原則として、当該共済契約締結時までに生じた事情によって判断されるべきであるが、その後共済契約解除の時点までに生じた事情であっても、特に道徳的危険に密接に関わる事情はこれを考慮して妨げないものとすべきである。

以下、右の見地から検討を進める。

2  原判決一五枚目表七行目「前判示」から同二〇枚目表一行目「に至らなかった。」までの事実認定は次に付加、訂正する他は当裁判所の認定と一致するから、ここに引用する。

(一)  原判決一五枚目表八行目「の事実に、」の次に「前掲甲第一、第三号証、乙第一号証」を挿入し、同行目「第一、第三」を削除し、九行目「第一三号証の一ないし三、」の次に「第一七号証、」を挿入し、同行目「乙第一」を「乙第二」に改め、末行「及び」を「、」に改め、同行目「第一一号証の三、」の次に「第一六号証、」を挿入し、同枚目裏七行目から八行目にかけての「(以下「証人池田」という。)」及び八行目「(以下「証人セイ子」という。)」をそれぞれ削除し、同行目「及び」を「、」に改め、九行目「の各証言」の前に「及び当審証人三沢実貴夫」を挿入し、一〇行目「を認めることができる。」を「が認められ、右認定に反する原審における控訴人本人尋問の結果(第一、二回)の一部は原審証人池田忠栄の証言に照らして採用できず、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。」と訂正する。

(二)  同一六枚目表三行目の後に改行して次の字句を挿入する。

「郵政弘済救済は、救済の目的について生じた火災等の災害について加入者に救済金を支払う制度であるが、加入者等が所有する家屋及び加入者等が居住する家屋内の家財等を救済の目的とし、救済期間は救済契約の効力発生の日から一年間で加入者から特別の申出がない限り毎年更新され、加入口数は一物件につき家屋、家財合わせて一〇〇口を限度とし、救済金は一口につき一六万円で、救済の目的が全焼したときは救済金額の全額が支払われることとなっている。控訴人が、本件火災当時郵政弘済救済に加入していた口数は、家屋七〇口、家財三〇口の計一〇〇口である(右事実は、当事者間に争いがない。)。

また、全逓共済生協の火災共済は、共済の目的について生じた火災等について共済金を支払う制度であるが、加入者である全逓共済生協の組合員等が所有する建物及び右組合員等が居住する建物内の動産等を共済の目的とし、共済期間は一年間で、目的建物の所在地、面積、世帯員数及び組合員の年齢により加入限度口数が定められており、共済金は一口につき最高一〇万円である。」

(三)  同一七枚目表三行目「右(一)の」から五行目「以下これを」までを「控訴人と全逓共済生協との火災共済契約は、昭和六一年六月三〇日、共済期間終了により失効したが、控訴人は、昭和六二年一〇月三〇日、再び、本件建物につき二〇〇口、動産につき八〇口、計二八〇口の火災共済契約を締結した(控訴人が、本件火災当時、全逓共済生協の火災共済に加入していたことは当事者間に争いがない。以下、この火災共済契約を」と訂正する。

(四)  同一七枚目表一〇行目「記載した」の次に「前記」を挿入し、末行「建物更生共済約款」を「本件約款」に訂正し、同枚目裏三行目「主に」の次に「前記」を挿入し、「(以下「本件しおり部分」という。)」を削除し、六行目「建物更生共済」を「本件共済」に訂正し、同行目「申し込んだ」の次に「(なお、本件共済契約においては、火災等の事由によって共済契約者が損害を受けたときに、火災共済金及び前記動産損害担保特約に基づく動産特約共済金が支払われることとなっており、さらにそれ以外に取り片付け費用及び仮住まい費用として、臨時費用給付金及び特別費用給付金が支払われることとなっている。)」を挿入し、同一八枚目裏五行目「原告に対し、」の次に「同年一一月二四日過ぎころ」を挿入し、一〇行目「一〇分ころ」を「過ぎころ」に訂正し、同一九枚目裏末行「行ったが、」を「行い、これを非現住建造物放火等及び失火被疑事件として捜査したが、現在に至るも」と改め、同二〇枚目表一行目「らなかった」を「っていない」に訂正する。

3 前記二、2認定の事実に基づき、本件約款四五条二項、一項所定の解除原因の存否について判断する。

本件共済契約締結当時、本件重複契約が既に存在しており、これと本件共済契約は、共済等の目的、共済事故等、被共済利益及び共済期間を共通にすることが明らかであり、かつ、本件建物の再取得価額は被控訴人の本件共済契約締結当時の評価でも二三四六万円であり(控訴人の主張によれば、これを下回る一八二七万円である。)、動産の評価額は控訴人の主張によっても五八九万六三〇〇円であるから、本件共済契約及び本件重複契約の共済金額の合計が被共済価額の評価額を超過し、その程度も過大であると認められるところ、控訴人は、前記のとおり本件共済契約締結の際、本件重複契約が存することを告知せず、むしろ質問に対し「他の保険に入っていない。」旨返答している。

しかして、控訴人不知の間に他人が契約した等の特段の事情のない限り、本件共済契約締結の際、控訴人が本件重複契約の存在を知らなかったとは考えられないところ、右特段の事情を認めるべき証拠はなく(特に、全逓共済契約は、その半月程前に再契約したのであるから、控訴人がこれを失念していたなどということは到底考えられない。)、かえって、原審における控訴人本人尋問の結果(第一、二回)によれば、控訴人は、右当時本件重複契約の存在を認識していたことが窺われる。そして、控訴人から本件共済契約の申し込みを受けた池田支所長が控訴人に「他の保険に入ってないか」と尋ねていること及び本件共済契約締結直後控訴人に送付されたと推認される本件約款には重複共済等の告知義務について明記されていることは、前記のとおりであるから、控訴人は、本件共済契約締結の際、重複共済等が告知事項であることを認識していたか、少なくとも重過失によりこれを認識しなかったものと認められる。

そこで更に、道徳的危険を推認させる具体的事情が存するか否かについて見るに、本件建物は、前認定の建築年時からして相当老朽化していたものと推定され、本件火災当時の時価は、被控訴人の見積りによる再取得価額二三四六万円を大幅に下回ることが明らかである。もっとも、時価ではなく、再取得価額を目途に締結しようとする共済契約の共済金額を決めることはそれ自体非難されるいわれはないかもしれないが、控訴人の場合、本件建物につき、従来から共済金額一一二〇万円の郵政弘済救済に加入していたほか、本件共済契約締結の直前に共済金額二〇〇〇万円の全逓共済契約も締結しており、しかも、郵政弘済救済は全焼の場合救済金額の全額が支払われることとなっており、<書証番号略>によれば、右救済契約においては、同一目的物について重複する他の共済契約又は保険契約等があっても、按分計算等して支払うべき救済金額を算定することとされていないし、全逓共済契約にあっても、約款の詳細を明らかにする的確な証拠はないが、当事者間に争いのない本件火災につき右契約に基づき控訴人に動産に対する分を含めて共済金額の全額に相当する二八〇〇万円が支払われた事実に照らすと、右同様、重複する共済等が存しても按分計算した共済金を支払うこととはされていなかったものと推認される。そうすると、控訴人は、火災事故等があった場合、本件共済契約締結直前にした全逓共済契約のみで、ほぼ本件建物の再取得価額相当の共済金を取得し得たのであり、これに郵政弘済救済の救済金を合わせれば、優に再取得価額を上回ることは自明であり、控訴人も、本件共済契約締結当時、右再取得価額を具体的には認識していなかったとしても、本件建物の規模、築後年数等からみて常識的にも本件重複契約により時価を遙かに上回る再取得価額まで十分保障されることは理解していたと考えざるを得ない。また、家財等の動産についても、控訴人の主張自体からしてその損害額は六〇〇万円を超えることはないと認められるところ、本件重複契約により既に最高計一二八〇万円の共済金等が支払われることとなっていた(<書証番号略>及び右争いのない事実により、前同様、本件重複契約においては、動産についても共済金又は救済金の按分計算はされないものと認められる。)。それにもかかわらず、一旦失効した全逓共済生協との火災共済契約を再締結(全逓共済契約の締結)してからわずか半月余り後に、控訴人が、勧誘もされないのに自ら被控訴人の支所に赴いて、当時控訴人ら夫婦の生活の本居であったとは必ずしも認め難い本件建物につき火災共済金額一〇〇〇万円、動産特約共済金額五〇〇万円とする本件共済契約をその場で申し込み、一年分の共済掛金も即時支払ったというのは通常の社会人の行為としては理解に苦しむものといわねばならず、控訴人の本件共済契約締結の真の動機が奈辺にあったのか疑念を抱かざるを得ないところである。これに関し、控訴人は、原審におけるその本人尋問(第一、二回)において、本件重複契約は掛け捨てであるが、本件共済契約は満期に返戻金があるので本件共済契約を締結した旨供述するが、本件共済契約は共済期間三〇年、共済掛金年七万三〇〇〇円であるのに対し(前記一)、満期共済金は二〇〇万円にすぎないから、仮に資金運用ないし利殖を考えるなら、他に幾らでもより有利な手段方法が存在することは社会常識上明らかであり、控訴人の供述するような動機だけから本件共済契約を締結したとはにわかに信じ難い。

以上の点に加えて、控訴人は、本件共済契約申し込みの際本件重複契約の存在を告知しなかったのみならず、本件火災当日の消防署の実況見分立会の際もこれを告げていないこと、控訴人は出火を発見しても自ら消防署に通報しておらず、その結果消防署への通報が遅れた形跡があること、<書証番号略>によって認められる本件共済契約締結当時(及び本件火災当時)、被控訴人に対する借入金債務が元本だけで一二二三万六〇〇〇円あった事実を総合考慮すると、本件共済契約締結において共済事故等招致の危険性をある程度具体的に推認させる客観的事情が存したものと認めることができる。

したがって、本件においては、本件約款四五条二項、一項所定の解除原因の存在が認められる。

4  抗弁1、(二)、(2)のうち、書面による解除の意思表示の事実は、本件記録上明らかである(なお、前記動産損害担保特約一二条三項により、右解除によって本件共済契約中の動産を目的とする特約部分も解除されたことになる。)。

控訴人は、本件約款四五条二項、一項に基づく解除には遡及効がないから、本件火災後になされた右解除により控訴人は共済金及び給付金の請求権を失わない旨主張する。確かに、前記のとおり、本件約款四五条一項は「組合は、将来に向かって、共済契約を解除することができます。」と定めるが、<書証番号略>によれば、同条三項本文は「組合は、共済の目的または持ち出し家財について火災等もしくは自然災害により損害が生じた後または傷害が生じた後に第1項および前項により共済契約を解除した場合であっても、共済金または給付金を支払わないものとし、すでに共済金または給付金を支払っていたときは、組合は、その返還を請求することができます。」と定めていることが認められる。

右各条項を合理的に解釈すると、告知義務違反を理由とする解除には遡及効があるのが原則であり、したがって、共済事故等発生の後に被控訴人が解除した場合でも、被控訴人は、いまだ共済金及び給付金を支払っていないときはその支払義務を免れ、これを支払済みのときはその返還を請求できるが、告知義務に違反した共済契約者に対する制裁として、共済契約者の既発生の共済掛金債務は解除により消滅しないこととし、その点で解除に将来効を認めたものと解すべきであるから、被控訴人の右解除により控訴人の共済金等請求権は遡及的に消滅するというべきであり、控訴人の右主張は採用できない。

三再抗弁1(因果関係の不存在)について判断する。

本件約款四五条一項本文が「共済契約の申込みの当時、共済契約者が、共済契約申込書の記載事項で組合の危険の測定に関係のある事項について故意または重大な過失によって重要な事実を告げなかったときは、組合は、将来に向かって、共済契約を解除することができます。」と、同条二項が「共済契約者が、共済契約申込みの当時、火災等または自然災害による損害をてん補する他の共済契約または保険契約の有無に関する事項について、組合に事実を告げず、または事実でないことを告げた場合も、前項と同様とします。」と、同条三項本文が「組合は、共済の目的または持ち出し家財について火災等もしくは自然災害により損害が生じた後または傷害が生じた後に第1項および前項により共済契約を解除した場合であっても、共済金または給付金を支払わないものとし(後略)」とそれぞれ定めていることは前記のとおりであり、<書証番号略>によれば、同条三項ただし書に「ただし、その損害または傷害の原因が解除の原因となった事実にもとづかないことを共済契約者、被共済者または被害者が証明したときは、組合は、共済金または給付金を支払います。」との条項があることが認められる。

右各条項を形式的に解釈する限り、重複共済等の告知義務違反を理由とする解除の場合にも、共済契約者等が損害と解除原因事実との因果関係の不存在を証明したときは、共済金等が支払われるかに解される。しかしながら、本件約款四五条一項本文にいうような危険測定に関係する事項の不告知については、それと現に発生した損害との間に因果関係が存在する場合と存在しない場合が当然あり得るが、重複共済等の不告知と損害との間にはおよそ因果関係なるものを観念する余地はなく、その意味で因果関係は常に不存在というべきである。したがって、重複共済等の告知義務違反につき本件約款四五条三項ただし書を適用することは、右義務違反があっても常に解除を許さないこととなり、同条二項を無意味にするから、約款の解釈として整合性を欠くことが明白である。してみると、本件約款四五条三項ただし書は、その文言上は明確にされてないが、同条一項本文に基づく解除にのみ適用されるものと解するのが合理的であり、同条二項の重複共済等の告知義務違反による解除の場合は、損害との因果関係不存在により解除権行使が阻止されることはないと解するのが相当である(なお、前記説示のように、重複共済等の不告知を理由とする解除の要件として道徳的危険をある程度具体的に推認させる事情の存在を必要とするとした場合、これと損害との因果関係を論ずる余地はあり得る。しかし、かような見地から検討しても、前記認定のように、本件火災の際、控訴人が、自らは消防署への通報をせず、息子の妻等に役場への連絡を依頼しただけで他に格別消火活動又は火災の拡大を防止するための措置等をしていないことに照らすと、控訴人は、本件建物が焼失しても、本件共済契約及び本件重複共済等により十分な保障が得られると考えて、右のような行動をした可能性を否定し切れないから、なお、本件において、推認される前記道徳的危険と損害との間に因果関係が全くなかったと認めるに至らない。)。

よって、再抗弁1の主張は失当である。

四再抗弁2(解除権の消滅)について判断する。

本件共済契約において、重複共済等の告知義務違反を理由とする解除について、被控訴人が解除の原因を知った時から一か月以内に右契約を解除しなかったときは解除権が消滅する旨約されていたことは当事者間に争いがない。

控訴人は、被控訴人は昭和六三年中には控訴人が全逓共済生協と火災共済契約を締結していたことを知っていたから、その後一か月を経過したことが明らかな抗弁1、(二)、(2)の解除の意思表示は解除権消滅後になされたものであり無効である旨主張するところ、昭和六三年に、被控訴人が全逓共済生協に対して、本件火災につき「出火原因が明らかになるまで支払を保留してほしい。払うときは一緒に払いたい。」旨申し入れたことは当事者間に争いがなく、右事実によれば、被控訴人は、右申し入れの当時、控訴人が全逓共済生協との間で、本件建物につき火災共済契約を締結していたことを知っていたことは明らかである。

しかしながら、前記説示のとおり、本件約款四五条二項、一項による解除の要件としては、共済契約者の故意・重過失及び具体的な道徳的危険性をある程度具体的に推認させる客観的事情の存在を必要とするものと解すべきであるから、右の解除の除斥期間は、被控訴人が右のような解除の要件をすべて知った時から進行を開始すると解される。

そうすると、被控訴人が、ただ本件建物について全逓共済生協との火災共済契約が存在することを知っただけでは右解除の要件をすべて知ったといえないことは明らかであり、被控訴人が、本件解除の一か月以上前に前記二、2、3説示のような解除の各要件に該当する事実ないしそれを基礎付ける諸事情を知ったことを認めるに足りる証拠はない。かえって、<書証番号略>、当審証人三沢実貴夫の証言及び弁論の全趣旨並びに本件記録によれば、被控訴人は昭和六三年二月ころ控訴人が全逓共済生協との間で火災共済契約を締結していることを知ったが、その具体的内容までは調査しなかったため知らなかったこと、本訴提起後に財団法人郵政弘済会にも本件建物について救済契約がある旨を聞き及んで平成元年八月秋田中央郵便局に問い合わせたが、プライバシーの保護を理由に回答を得られなかったため、原審において、控訴人に対し、右郵政弘済会との救済契約の内容について釈明を求めたこと、その後、平成二年五月三〇日の原審第七回口頭弁論期日において、控訴人は訴えの追加的予備的変更申立(本件の予備的請求)をし、その申立書中で本件重複契約の内容について主張し、併せて右重複契約の共済証書等を書証として提出したこと、同年一月から同年一二月の間に被控訴人申出により原審が採用した警察署、消防署等に対する調査嘱託及び文書送付嘱託の回答及び嘱託対象文書が到着し、これらにより、本件建物の燃焼状況、本件火災当日実施された消防署の実況見分の際の控訴人の説明内容、本件火災の前後の本件建物の電気・電話の使用状況等が被控訴人に判明したことが認められ、右事実に照らすと、被控訴人が解除の要件に該当する事実ないしそれを基礎付ける諸事情をすべて知ったのは、平成二年一二月ころと認められる。したがって、被控訴人が原審における答弁書でした本件解除の意思表示は、右一か月の除斥期間経過前になされたものと認められる(なお、右事実によれば、被控訴人は、解除の要件の存在のすべてを知らないまま解除の意思表示をしたことになるが、右要件がその当時客観的には既に存在していたことが明らかであるから、右解除を無効とするいわれはない。)。

よって、再抗弁2は理由がない。

五再抗弁3(権利の濫用)について

控訴人は、①本件共済契約時、控訴人は、本件約款の交付を受けておらず、被控訴人の担当者からも説明がなかったから、重複共済等の告知義務について知らなかったし、②一般の保険、共済の実務では、他によほど重大な事由のない限り、単なる重複契約の不告知だけでは契約の解除はしておらず、③本件火災後一年八か月もたってから突然契約を解除するのは不当であるから、被控訴人の解除権行使は権利の濫用である旨主張する。

しかしながら、右①、②については、前記説示のとおり、控訴人は、重複共済等の告知義務について認識していたか、重大な過失により認識しなかったものであり、また、本件では単なる重複共済等の不告知を理由に本件共済契約を解除したものではないことは前記説示のとおりであるから、控訴人の主張は失当である。右③については、前記説示のとおり、被控訴人が解除の要件に該当する事実ないしそれを基礎付ける事情を知ったのは平成二年一二月ころであり、右事実等を裏付ける資料の中には、警察署及び消防署の所持する実況見分調書等の裁判上の手続によらなければ入手困難なものが含まれているし、郵政弘済救済については、控訴人が本訴で書証を提出する以前に被控訴人がその内容を照会しても回答を得られなかったという事情もあるから、解除権行使の時期が本件火災から相当遅れたとしても直ちに非難できない。

他に、被控訴人の解除権行使が権利の濫用であることを認めるべき事情を認めるに足りる証拠はない。

よって、再抗弁3は理由がない。

六結論

以上の次第で、控訴人の本訴請求はその余の点について判断するまでもなく理由がないから棄却すべきであり、これと同旨の原判決は相当であって本件控訴は理由がないから、これを棄却することとし、控訴費用の負担について民訴法九五条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官武藤冬士己 裁判官木下秀樹 裁判官佐藤明)

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